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きもの草子九枚め〔自分勝手な願いだけれどもー〕
つねづね思っていたことがある。
カラオケで上司があの有名な懐メロを気持ちよさそうに歌うとき、今日び、
2年前のベージュのコートを着続ける女なんかおるかいな、と。
そのときまではー


「じゃあ、あとはお若い者同士で、ね」
というお決まりのセリフに、
(おおおお〜本当にそれ言うんだ、おばちゃん!)
とオレは心の中で感嘆の叫び声を上げた。

満面の笑みを残していそいそと去っていくまんまるい後ろ姿に、むしろその
セリフを言いたいがためにこの場を設けたんじゃ・・・という疑惑までわき
上がる。

西新宿のホテルのティールーム。どうにも断れない状況に追い込まれた末の
見合いの席だった。
まぁ、鹿威しカコーン!の料亭の一室でなかっただけマシというべきか。
一方的にマシンガントークを展開していたおばちゃんがいなくなって、唐突に落ちる沈黙に、相手も気まずそうに紅茶のカップを口に運んでいる。

クリーム色のツーピースにヒラヒラした素材のボウタイブラウス。
まぁホテルでの見合いならこんなもんでしょ、と「無難」と判で押したような服。
そりゃこちらも会社に行くよりは少しいい、いつもは友人の結婚式の二次会に着ていく用のスーツなのだからお互い様か。

テーブルを挟んだ二人は、たまたま無人島に知らない者同士で取り残されて途方に暮れているような、それでもマシンガンの弾切れで騒がしいハンターがいなくなってちょっとほっとしたような、そんな空気が流れた時だった。ガラス一枚隔てたロビーの吹き抜けの空間を見覚えのある姿が横ぎったのはー

(あ・・・)
たしかに、今どき2年前と同じコートを着続ける女は少ないだろうが(いたとしてもベージュのコートでは気づかない可能性が高いだろうが)、きものの羽織ならば同じものを着ているのか、と思った。
2年どころか昭和初期のアンティークだ。「銘仙」と言ったか。煙草のけむりがつくと生地が傷むからと禁煙させられた。おかげで煙草はやめることができて、今テーブルの上にはコーヒーカップしか載っていない。

鮮やかな色合いの長羽織に、見覚えのない細い縞のきもの姿の彼女は、いかにも「今、見合い中です」的様式美でかためたこちらには気づくことなく通りすぎる。相変わらず姿勢がいい。

「きもの、お好きなんですか?」
不意に向かいの席の相手にたずねられて、
「えっ!?えええぇ」
うわずった返事をしてしまった。
「きものの女性って、つい見てしまいますね」
まさか「元カノです」とは言えない。
「アンティークのきものでしたね、あの方。もう羽織の季節なんだ・・・」
最後の方は自分へのつぶやきのようだった。
「着られるんですか」
「はい。お遊びで着ているだけですけど」
とはにかんだ表情はなかなかかわいい。
「今日は洋服なんですね」
「あっ、あの、きものって言っても私の持っているものはそんなに高級なものじゃなくて・・・ふだん着るようなものなんです」
あわてたように言った。
「それに、こういう場にいきなりきもので現れたら、ひく人もいるでしょう?」
「ああ、そういうこともあるかもしれませんね・・・」

今、視界から消えた女はまったくそんなことは気にしなかったな、と思いながらうなずいた。
自分が着たいものを着て何が悪い、とボウリングだろうがバーベキューだろうがきものでいた。
その、きものに限らず周囲に流されない、自分を貫くところが好きになったところであり、だめになったところだった。

今でも彼女はいろんなことに傷つきながらも、自分のスタンスを貫き通しているのだろう。
願わくば、それをまるごと包み込んでくれる人が近くにいますように。

我ながら勝手な願いを3秒くらいしてから、
「今度はきもの姿も見せてください。ひかないので」
はじめてしっかりと相手の目を見て言った。

author:mayudama, category:●『きもの草子』, 20:16
comments(2), trackbacks(0), -
Comment
しおりさま
ありがとうございます!!
そう言っていただけるのがほんとうにうれしいです。
細々と更新してまいりますので、これからもよろしくお願いします☆
まゆだま, 2008/10/16 9:50 PM
きもの草子、いつも楽しみに拝見しております!
今回も素敵でした★
しおり, 2008/10/16 8:06 AM









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