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きもの草子七枚め[ワリマシでおねがい]
「・・・でしょーイマドキありえないでしょ、その組み合わせ。私服見て一気にさめたわ」
「スーツ姿は誰でも2割増でよく見えるもんよー」
「家でもずっとスーツ着ててもらえばいいじゃん」
ギャハハハありえねー、という馬鹿笑いに、社内で大声で騒いでいるお前たちの方がありえねーと心の中で毒づく。(口に出して言うにはまだ命が惜しい)
一息つくのに休憩室に来たのだが、自販機の前にたむろすギャルどもに近づくのに躊躇していたら、「私、買ってきましょうか?」通りかかった同じチームの部下に声をかけられた。

「はい、こっちがブラックです」
「サンキュー」
ギャルに近づけないところを目撃されて気まずいわ、おごる羽目になるわでついぼやきたくなった。
「スーツ着てりゃ、2割増だって。深夜タクシーかっつうの」
「なんですか、そのたとえ」冷静に切り返される。
「で、どうするんですか、土曜日の納涼イベント。私服ですよ」
痛いところをついてくる。あんな話を聞いた手前、おかしな格好はできないではないか。
「あーポロシャツで・・・」
「接待ゴルフじゃないんですから」
「めんどくせーな。いっそ土曜もスーツでいりゃいいだろ。わざわざ2割減することもないだろうし」
開き直ったら、あきれた目で見られた。盛大なため息をつかれる。
「わかりました。買いにいきましょう」
「え?」
「うちのチームリーダーが全社員の集まるイベントで変な格好でいて、他部署に馬鹿にされるのは困ります」
「え?」
なぜか、そんなことになった。

「なぁ、これ、前はだけるんだが」
「こういうものなんです」
終業後、強引に先導されたデパートで言われるがままに試着させられたのは、「イマドキの」洋服ではなく、きものだった。

しじら、という織りの紺色のきものは、一枚で浴衣としても着られるそうだが、
「浴衣と甚平は他のチームの人も着るって聞いたので、ここはきものにしてランクを上げましょう」
なぜか他部署に対抗意識を燃やしている彼女は、てきぱきときものにあわせて衿のついた襦袢と、足袋、墨色の角帯を選び、きものと一緒に押し付けて試着室に追い立てられた。説明に従ってなんとか着てみたものの、ワイシャツとネクタイに慣れた身には、どうも前がスカスカして落ち着かない。
出てくるなり、「帯の位置、高すぎ」ぐいっと帯を下げられた。
「帯はベルト位置じゃなくて、急所のギリギリ上で結んでください」
「おまえ・・・セクハラで訴えるぞ」
「どーぞー」
顔色ひとつ変えず、後ろにまわって適当に結んだ帯を結びなおされる。
「なんで着付けできるんだ?」
「きもの、好きなので・・・スーツ着てりゃ2割増なんて妄想ですよ、日本人なのに。特に主任みたいに中肉中背でアゴが張ってて外股の、典型的な江戸っ子体型はきものの方が似合うに決まってます」
「・・・それとなくここぞとばかりにオレの悪口言ってないか」
「誉めてるんですよーほら、よく似合う」
結局うまくおだてられて、それがはじめて買ったきものになった。



「なんか・・・はめられた気がするな・・・」
2年後、夏も近い土曜の夕方、狭いマンションのベランダに無理矢理折りたたみ椅子を持ち出して、缶ビールを手に一人ごちる。今年誂えたばかりの浴衣の袖口から、心地よい風が通り抜けた。
「何か言った?」
妻が網戸を開けて、枝豆の入った小鉢を手渡してくれる。

2年の間に休日の私服はほとんどきものになり、部下だった女性は家族になった。
「きものだよ。まんまとおまえの策略にはまった気がする」
「あら、だって・・・」
うふふふ、と笑って妻は言った。
「きものを着た男の人って、3割増でかっこよく見えるんだもの」
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 00:00
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