RSS | ATOM | SEARCH
きもの草子六枚め[獅子と蛇]
『仕事が終わらなくて、今日は行けそうにない。ごめん』
画面に浮かぶ文字を一瞥し、ぱたっと携帯を閉じる。半ば予想していた内容に返信する気にもならない。

目線を上げた大鳥居の先には整然と並ぶ無数の提灯。
浴衣姿の人々が、その灯に吸い寄せられるように途切れることなく続いていく。

遠い。祭に浮かれる人々の声も、屋台の呼び声も、すべてが遠い。

喧騒から遠ざかるように神社の森を歩いていたら、唐突に青いビニールで囲っただけの見世物小屋に出くわした。参道から離れた場所だというのにそこそこ客は入っているらしい。ビニール越しに漏れる灯かりと熱気。緋襦袢姿の女が、首に巻いた蛇に噛み付いているけばけばしい看板に眉をひそめて迂回すると、そこに占い師がいた。
小さな卓を前に、小屋の灯を背にしているせいで姿形が影になって判然としない。

思わず凝視して立ち止まると、
「厄介な蛇を、飼っているね」
うっそりと言われた。
蛇なんて飼ってはいない。気味が悪くて立ち去りたいのに、なぜか動くことができなかった。
「女はみな、腹の中に蛇を飼っているんだよ。体の外で飼っている男の蛇は暴れたところでたかがしれているが、女は目に見えぬ分、扱いが難しい。浅瀬で泳ぐ小さくてかわいい蛇もいれば、いつも顔を出して相手に噛み付こうとしているのもいる。稀に腹の底で眠ったままのもいる・・・そりゃあ千差万別さ」

「あんたの蛇は・・・人よりも深い、深い場所で息を潜めて、ちょっとやそっとでは姿を見せぬだろう。だが、一度外に現れた日には、己も周りもことごとく喰らい尽くさねばおさまらぬ、破滅の気性の蛇よ」

気をつけることだ、と忠告する声によく似た声を以前から知っている気がした。

それは、自分の腹の中から時折囁かれるものとよく似てはいなかったか。
「あの女さえいなければ、おまえが一番になれるよ…」と。


「おまたせ」
バーカウンターのスツールに座る男の隣に立つ。
「この前は悪かったね」
と言いながら男はこちらを見遣り、
「唐獅子の帯か。相変わらず威勢がいいな。君みたいな強い女によく似合う」
と言った。

その言葉にうすく笑みを返すことだけで応じ、隣に座る。
「獅子を巻いて、お腹の蛇を抑えているの」と言ったら、男はどんな顔をするだろう。
ほんとうに強い女は、獅子の帯など必要としない。



「ねぇ」
かわりに言ったのは、
「獅子と蛇って、どちらが強いと思う?」

問うまでもなく、やがておのずと結果は知れるだろう。
この腹を喰い破って、蛇が姿を見せたときには。
ー来るならば、来ればいいいー

闇の底で、何かが蠢くのを感じた。
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 02:53
comments(0), trackbacks(0), -
Comment









Trackback
url: http://antique-kinji.jugem.jp/trackback/690