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きもの草子五枚め[タコマリネ]
「めんどくさい…」
夫が風呂に入っているのをいいことに、声に出して言ってみた。

ダイニングテーブルの上には、大量の料理本がジェンガのように積み上げられている。

どうして男は休みの日まで会社の同僚と会うのか…いや、会うだけならいい。
(なんでウチにまで連れてくるのよ…)
こっちだって働いているのに、土曜の昼までに掃除をして料理をつくる身にもなってほしい。
(しかも6人って…)

本当は、家にお客が来て、料理を作ってもてなすのは嫌いではない。
それがこんなに憂鬱なのは、夫の同僚に会わなければならないせいだ。

夫は、4つも年下でさらに童顔で、こう言っては何だが、かわいい顔をしている。私服だといまだに学生に間違われるくらいだ。
自分は、4つも年上で、こう言ってはなんだが、まぁ年相応だ。

いっそ、仕事になったと言って、ピザでもとってもらおうか。
式は身内だけで挙げたから、夫の同僚と顔を合わせるのははじめてだった。
新婚家庭に遊びに来るというのは、たぶん野次馬根性もあるのだろう。
(後で会社でいろいろ言われるんだろうなー)

被害妄想で悶々としていたら、
「出たよー」
夫がいつの間にか風呂から上がっていた。

料理本の上に突っ伏す妻をみつけて、
「悪いね、適当につくってくれればいいから」
メニューに悩んでいると思われたらしい。
「そういうわけにはいかないでしょ」
あえて訂正せずに答えると、
「ねぇ…なんでみんなをよんだの?」
ああ…聞いてしまった。

「ん?」
素っ裸で冷蔵庫からビールの缶を取り出した夫は、振り返るとこちらを見て、
「自慢したいから」
きっぱりと言った。
「は?」
二の句が告げられずにいる妻に、
「奥さんが家できもので家事してるって言ったら、みんなうらやましがってさー悪いついでに土曜日、きもの着てよ。この前買った縞のやつ。あなたがきもので料理してるの見るの好きなんだ」

ああーこいつは…もう…

そうだった。思い出した。
昔、デートの時に浴衣を着て行ったら、彼はこちらが驚くくらい喜んで、それからその喜ぶ顔を見たさに、きもの教室に通ったのだ。
自分がきものが好きだから、着るようになった気でいたけれど、思い出した。きっかけは夫だった。

それでも結婚してからは慌ただしくて、せっかく買ったきものにも袖も通すどころか、会社から帰ってきた恰好のまま、夕飯の支度をするようになっていた。



「あ、タコマリネ入れてね」
メニューリストを覗きこんで好物をリクエストする夫に、
「はいはい」
タコは山芋の衣をつけて揚げる予定だったのだけど…

頬が緩みそうになるのを堪えながら、メニューリストに「タコマリネ」と書き加えた。
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 00:20
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