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きもの草子四枚め[ボクサーみたいに]
(やっぱり送料をけちらずに届けてもらうべきだったかも…)
東急ハンズの入口で、自分の背丈ほどあるハンガーラックが梱包された箱を抱え難儀していたところを不意に声をかけられた。
「あれ?何してんの?」
「あ…」
会社以外で週末に偶然会えるなんて…運命かもー
と、舞い上がったのはつかの間。
すぐに彼の手に買ったばかりらしいステンレス製の水きりカゴの入った袋と、女もののバックが目に飛び込んできて、浮わついた気持ちごと奈落の底に叩き落とされたのが二ヶ月前。

今日は、その彼の結婚式に会社の同期として出席する。
(でかいスーツケースを颯爽と引いているような、サバサバした男らしい女性がタイプ、って言っていたのはどこのどいつだ…)
ホテルの化粧室で悪態をつく。真に受けた自分が馬鹿だった。
いや、長い付き合いだというのに告白もできずに こんな事態になってから死ぬほど後悔している自分は、やはりバックを持ってもらう彼女よりも女々しいのか。

自然、険しくなる鏡の中の顔。いかん、せっかくの一張羅がだいなし。
今日はパンツスーツはやめて、ボーナスで誂えたつけさげ訪問着にした。
藤色の地に丸い菊や桔梗などの小花や草が流れるように配置されたきもの。バックは昔、アンティークショップでその精緻なつくりに一目惚れした、ビーズ刺繍のものを合わせた。
バックまで新調する余裕がなかったこともあるが、我ながらこのきものとよく合っていると思う。



だけどこの手のバックは財布どころか携帯すら入らない。
こんなバックで出かけるようなご婦人は、自宅までお迎えがきて、その後、自宅まで送ってもらえて、最初から財布を持つ必要がない人に限られていたから、収納という本来の役割よりも装飾品としてのデザインに重きがおかれ、口紅とハンカチを入れればいっぱいの代物になったとアンティークショップの主人が言っていた。

(でもー)
現代では大荷物を持っていてもコインロッカーもあれば、ホテルのクロークで預けることもできる。携帯は帯の間に挟めばいいし、クレジットカード一枚入れておけば、たとえ荷物持ち兼お財布代わりの殿方がいなかろうが、小さな繊細なバックだって楽しめるのでおかまいなく。
鏡の中の自分につぶやく。完全に負け犬の遠吠え。

あと2分たったら、ここから出て、控室にいる「新郎の学生時代のご友人」方に、「ハシより重いものは持ったことがありませんの」的な微笑みを浮かべよう。
もう少し親しくなることがあったら、その顔のまま、A4のコピー用紙が入った段ボール箱を2箱重ねて持ってやろう。

あと35秒。

鏡の中の己の目を挑むように見つめて、
「バカヤロウ」
と小さくひとこと。

タイムリミット。

「よし」
これからリングに上がるボクサーみたいな気分で、しかし所作はあくまで品よく、洗面所のドアを押し開いた。
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 23:32
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