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きもの草子三枚め[Hungry Spider]
ヘンな女がいるな、と思った。

最近行きつけになったうまい魚を出す居酒屋。いつも同じカウンター席にいる。たまに友人らしい連れと一緒にいることもあるが、たいていは一人。
店員とも親しいらしいが余計な話をすることもなく、一人でのんでいる。

常連の多い店だからそれ自体は気になることではないが、ヘンなのは、その女がいつもきものを着ていることだった。
結婚式で見るような派手なものでも、テレビで女優が着ているような高級なものでもない。
もはや何がモチーフなのかわからない、ロールシャッハテストのような抽象的な柄や、見たこともない幾何学模様。ごちゃごちゃと色彩を何色も組み合わせて尚、しん、と完結した雰囲気をまとっている。

「どうしていつもきものなの?」
たまたま隣の席についたある日、はじめて声をかけた。

女は焼酎が満たされたグラスを手にこちらを見つめ、一拍置いてから
「あなたは今日、どうしてそのシャツにしたの」
落ち着いた声で聞いた。
その日着ていたのはなんの変哲もない白いシャツだったが、
「気に入っているんだよ。昔から着てる」
と言うと彼女は重々しく頷き、こちらを見もせずに
「よく似合ってる」
と言った。そりゃあどうも。
「わたしもー」
「え?」
「わたしも気に入ってるからきてるの」

やっぱり変な女だった。だいたい質問を質問で返すようなヤツは苦手だ。と思いつつも、行けばいるので、ぽつぽつと言葉を交わす仲になった。

「また妙なの着てるなぁ。その柄、花火?」
その日、彼女は墨色の地に黄や朱の放射線状の模様が大胆に染められたきものをまとっていた。
生地だけ見れば毒々しい柄も、女が身につけるとしっくり落ち着くのが不思議だ。きものという形がそうさせるのか、女がそうさせているのか。

珍しく酔っているらしい彼女はフフン、と答えにならない返事をし、
「もう1軒いこう」
と店を出た。

カウンター席から降りて夜の道を行く女は、思っていたよりもずいぶん小さく、もう1軒行くと言ったくせに、するするとコンビニに入っていき、レモン味の氷菓子を手に出てきた。
「無性に食べたくなるのよね、飲んだ帰りって」
と言いながら棒付きアイス片手に行く後ろ姿を見て、座敷童子みたいだ、と思った。年がよくわからない。



「ねぇ」
ふいに振り向いて女が言った。
「これ、花火の模様じゃないわよ」
「じゃあなに?」
「蜘蛛の巣模様」
「そんな柄あるのかよ」
「あるの。蜘蛛の巣の柄は大正時代に『お客を捕まえる』っていわれて水商売の女の人達の間で流行ったんだって」
そう言って、手元に垂れそうになったアイスのしずくをぺろりとなめた。

「そんなものを着なくてもー」
機嫌よく前を歩く小さな背に口の中でつぶやいた。

そんなものを着なくても、とっくにひっかかっている。

だから警戒していたのに、気づいたときにはもう手遅れ。
身動きがとれないほどにはまるんだろう、このヘンな女に。
ため息を一つついてから、半ばヤケクソ気味に観念した。
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 17:11
comments(2), trackbacks(0), -
Comment
猫さま

コメントありがとうございます。

誕生の指が高値を差していても、江戸っ子なら女房を質に入れて初鰹は食べなきゃなりませんよね!

お粗末様でした☆
まゆだま, 2008/06/23 12:03 AM
わちきもたまに云われんす。
「どうして着物なの?」

云われてしまうと日本人のわちきぁ困ってしまいんす。


「あんたァ、冬物全部質に入れっちまって、そこまでしてどうしてそんな鰹なんか食わなきゃならないのさァ」


「そらァオメエ…江戸っ子だからよ」

理由と云ったらそんなとこでございんしょう。



寒いとき おまえ 鰹が着られるか


以上通りすがりに失礼様。
猫, 2008/06/22 8:01 PM









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