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きもの草子一枚め[はじめて浴衣を着た日]
浴衣でも着てやれ、と思った。

「会社のサークルで海に行くから一緒に行こう」と無邪気に誘われ、さらりと断った。

新人の若い女の子もいるんでしょう?かわいい水着をつけて、飛び魚みたいにぴちぴちしてるんでしょう?とは言わなかった。
最近そのサークル活動の方が、二人でいる時より楽しいんじゃない?とはもっと言えなかった。
水着なんか、着ない。

それで浴衣。
店先でひらひらと涼しげな、儚げな色が揺れているのを見かけたら、浴衣でも着てやれ、という気分になった。

ふらりと入ったその店で、しかし店先の新品の浴衣は実際手にとるとパリッとしすぎていて、ちょっと違う気がした。

気後れしていると、店員が一枚の浴衣を奥から出してきた。
「中古でよろしければこちらはいかがですか?」

広げられたのは、クレープ生地のように皺がよった、白地の浴衣。
淡いピンクの渦巻きが散らされている。ぐるぐるの渦巻き…なんか親近感。
手にとるとしっとりと肌になつく。

小千谷縮という生地だと教えてもらった。
「リサイクルで白地の夏物はなかなか状態のよいものがないのですが、これはものが良いのと、丁寧に着られていたのでしょうね」

よいものですよ、という店員の説明を聞いているうちに、魔法にかかったようにその浴衣を買っていた。

海から帰ってきて会う日、はじめて自分で浴衣を着た。
待ち合わせのバーにはずいぶん早く着いてしまった。
柔らかい生地をまとっていると、ちょっとやさしい気持ちになった。
海の思い出を笑顔で聞いてあげよう。
ふだんと違う姿に恋人は、「どうしたの?」って聞くだろう。
止まり木で待つ自分は、白い蝶みたいに見えないかな。
太陽の下の飛び魚たちよりもきれいと思ってくれないかな。



・・・でも、ネットの説明を見ながら何回も着付けをやり直したことは、教えない。
author:mayudama, category:●『きもの草子』, 21:44
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